レイバーネットTV特集「被ばく労働で死にたくない!」 ゲスト=元原発下請け労組委員長・斉藤征二さん

関西地区生コン支部のもとで1981年に初めて原発下請け労働組合を結成した斎藤さんのインタビュー。

貴重な証言です

※ユースト・アーカイブ 22分過ぎから斉藤さんのインタビュー

ドイツZDFテレビが隠し撮り「福島原発労働者の実態」(7分)

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http://kingo999.blog.fc2.com/blog-entry-336.html

(文字おこし付きの動画)

隠れて撮影されたドイツZDFテレビの動画「福島原発労働者の実態」が転送されてきました。ぜひ見てください

■「俺たちは使い捨て」  原発労働者が実状を語る

  遠藤俊一さん(仮名)、南相馬市在住、41歳。福島第一原発事故の1年前まで、合計で約15年間、福島を中心に、全国の原発作業に従事していた元原発労働者。

 遠藤さんは、原発内の過酷な作業と被ばく労働の実態、下請けいじめと労災隠しが常態化する現状、そして今回の事故原因にもかかわる欠陥隠蔽と報告書改竄という事実を、赤裸々に語ってくれた。遠藤さんの話からは、「俺たちは使い捨てにされている」という深い憤りと、同じ働く仲間を思う気持ちが伝わってくる。
 インタビューの後半には、津波と放射能の被害で苦しむ南相馬市の復興への思いにも話は及んだ。… (09/18)

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福島 フクシマ FUKUSHIMA

 

■原発で「偽装請負」 県出身者ら証言(11年9月26日琉球新報)

深刻な事故となった東京電力福島第1原子力発電所など、全国各地の原発で被ばく作業に従事する原発労働者の一部が「偽装請負」の形態で労働していることが、25日までに複数の元原発労働者の証言で明らかになった。勤務先の4次、5次の下請け協力企業からさらに仕事を請け負う形で、個人事業者として名前だけの「ペーパー会社」をつくらされて独立していたが、仕事の内容は従来のままだった。最も安全性が求められるべき原発で、使用者が実質的に労働者を雇用していながらも雇用保険や被ばくの責任を免れるため、「請負」や「委託契約」の形で働かせるというずさんな労働環境の実態が浮き彫りになった。(続きを読む)

ピンハネ率93%・核燃料プールに潜る外国人労働者-重層的下請構造で使い捨てられる福島原発労働者

8月4日に開かれた、日弁連主催の「原発労働問題シンポジウム」。福島原発労働者からの相談活動を事故前から日常的に取り組まれている福島県いわき市の渡辺博之市議による「原発労働問題~現場からの報告」。その要旨を紹介します。(by文責ノックオン。ツイッターアカウントはanti_poverty)

。(続きを読む

■【福島原発】指差し作業員の方が声明 『ふくいちライブカメラを指さししたのは私です』

8月28日のふくいちライブカメラに突然登場し、カメラを指差して何かを訴えた作業員の方がサイトを立ち上げてご自身の考えや意図を発表しておられます。 全文を元サイトで読んでください。現在の福島第1原発内の写真なども公開されています。

 

「…この問題は雇用のシステム全体の問題として包括的に解決にあたるべきと考えております。全員まとめて東京電力さんで雇いあげて欲しいところですが、どうしても無理だというなら、せめて全作業員の契約状況を書面で完全に把握してはいかがでしょうか(私は契約書は交わしていませんでした)。そこに適正な賃金と保険が保障されているか。そしてゆとりある待機人員の確保がなされているか作業シフトと人数と休日を把握してはいかがでしょうか…」。

「現場には全国から届けられた子供に書かせた寄せ書きの応援メッセージが、色紙や旗が、FAXやメールのコピーが、千羽鶴が、たくさん飾られています。そうしたたくさんの声が「残酷な自己犠牲を強いる声」になってしまわぬよう、是非とも考えて欲しいところです」

 

(元サイト 全文はここをクリック)

■「原発ジプシー」JANJANコラム

  • 2010年 12月 26日 17:36 川上武志氏のコラム

 私は浜岡原発で5年間余り働いていたのだが、原子力発電所で働いていた経歴は浜岡だけではなく、その前にも30歳代の頃、昭和50年代に10年間近く原発の仕事に携わっていたことがあります。その当時はある特定の現場で働いていたわけではなく、定検工事で各地の原発を渡り歩いていた。最近ではそのような人々のことを「原発ジプシー」と、いくらかの侮蔑を込めて呼ぶそうだが、その頃まさに私はそのような生き方をしていたのだった。(続き 掲載元サイトへ


同じ川上さんの「浜岡原発、労働者の使い捨てと安全教育について」(2010年 12月 29日)

■「原発がどんなものか知ってほしい 」

  元プラント技師・平井憲夫さんの証言

「私は原発反対運動家ではありません
 私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います」 (必見です!)

 

(平井憲夫さんについて)
1997年1月逝去。 1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人(「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました)  

(証言全文 ここをクリック)

調査報告/原子力発電所における秘密「日本の原発奴隷」

エル・ムンド[EL MUNDO:スペインの新聞 ]の記事 (2003.6.8)

 

日本の企業は、原子力発電所の清掃のために生活困窮者を募っている。 多くが癌で亡くなっている。クロニカ〔本紙〕は、このとんでもないスキャンダルの主人公達から話を聞いた(DAVID JIMENEZ 東京特派員)


 福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。

 松下さんが、東京公園で住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、二人の男が彼に近づき、その仕事の話を持ちかけた。特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額が支払われ、48時間で戻って来られる。2日後、この破産した元重役と、他10名のホームレスは、首都から北へ200kmに位置する発電所に運ばれ、清掃人として登録された。
 「何の清掃人だ?」誰かが尋ねた。監督が、特別な服を配り、円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らを連れて行った。30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。放射線測定器は最大値をはるかに超えていたため、故障しているに違いないと彼らは考えた。一人、また一人と、男達は顔を覆っていたマスクを外した。「めがねのガラスが曇って、視界が悪かったんだ。時間内に仕事を終えないと、支払いはされないことになっていた」。53歳の松下さんは回想する。「仲間の一人が近づいてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって」。…(ここをクリック)

 

これも衝撃的内容です。まさに「原発マフィア」

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【小出裕章 非公式まとめ】

京都大学原子炉実験所助教・小出裕章氏による情報